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東京地方裁判所 平成12年(モ)89079号 決定 2000年12月08日

別紙当事者目録記載のとおり

主文

1  被申立人A及び同B各自に対する超音波株式会社との架空取引に基づく損害賠償請求権の額を、26億円及びこれに対する平成12年11月2日から完済まで年5分の割合による金員と査定する。

2  被申立人A、同C及び同D各自に対するトルコ共和国内法人への貸付に基づく損害賠償請求権の額を、16億2,570万円及びこれに対する平成12年11月2日から完済まで年5分の割合による金員と査定する。

3  被申立人A、同B及び同E一各自に対する違法配当に基づく損害賠償請求権の額を、17億9,606万1,632円及びこれに対する平成12年11月2日から完済まで年5分の割合による金員と査定する。

4  被申立人C、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同O、同P及び同Q各自に対する違法配当に基づく損害賠償請求権の額を、11億9,727万9,148円及びこれに対する平成12年11月2日から完済まで年5分の割合による金員と査定する。

5  被申立人M及び同N各自に対する違法配当に基づく損害賠償請求権の額を、5億9,878万2,484円及びこれに対する平成12年11月2日から完済まで年5分の割合による金員と査定する。

6  申立人の被申立人R及び同Sに対する違法配当に基づく損害賠償請求権の査定の申立てを棄却する。

7  訴訟費用のうち、申立人に生じたものの10分の7を被申立人A及び同Bの負担とし、申立人に生じたものの10分の2を被申立人C、同E一、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同M、同N、同O、同P及び同Qの負担とし、被申立人R及び同Sに生じたものを申立人の負担とし、その余は各自の負担とする。

理由

第1申立ての趣旨

1  被申立人A及び同B各自に対する超音波株式会社(以下「超音波」という)との架空取引に基づく損害賠償請求権の額を、26億8,376万9,013円及びこれに対する本査定申立書送達の日の翌日から完済まで年5分の割合による金員と査定する。

2  被申立人A、同C及び同D各自に対するトルコ共和国内法人への貸付に基づく損害賠償請求権の額を3,000万米ドル及び内金150万米ドルに対する平成2年6月9日から完済まで年9.125パーセントの割合による金員、内金850万米ドルに対する平成2年6月16日から完済まで年9.5パーセントの割合による金員、内金500万米ドルに対する平成2年9月9日から完済まで年9.5パーセントの割合による金員、内金1,500万米ドルに対する平成2年12月13日から完済まで年12パーセントの割合による金員と査定する。

3  被申立人A、同B、同C、同E一、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同P及び同Q各自に対する違法配当に基づく損害賠償請求権の額を、17億9,606万1,632円及びこれに対する本査定申立書送達の日の翌日から完済まで年5分の割合による金員と査定する。

4  被申立人M及び同N各自に対する違法配当に基づく損害賠償請求権の額を、11億9,756万4,968円及びこれに対する本査定申立書送達の日の翌日から完済まで年5分の割合による金員と査定する。

5  被申立人Oに対する違法配当に基づく損害賠償請求権の額を、11億9,727万9,148円及びこれに対する本査定申立書送達の日の翌日から完済まで年5分の割合による金員と査定する。

6  被申立人R及び同S各自に対する損害賠償請求権の額を、5億9,849万6,664円及びこれに対する本査定申立書送達の日の翌日から完済まで年5分の割合による金員と査定する。

第2申立ての理由

1  超音波との架空取引に基づく損害賠償請求権(申立ての趣旨1に係る請求権)についての申立ての理由は、別紙1の申立理由記載のとおりである。

2  トルコ共和国内法人への貸付に基づく損害賠償請求権(申立ての趣旨2に係る請求権)についての申立ての理由は、別紙2の申立理由記載のとおりである。

3  違法配当に基づく損害賠償請求権(申立ての趣旨3ないし6に係る請求権)についての申立ての理由は、別紙3の申立理由記載のとおりである。

第3当裁判所の判断

1  超音波との架空取引に基づく損害賠償請求権について

(1)  認定事実

申立人提出の書証及び審尋の結果によれば、別紙1の申立理由記載の事実を認めることができる。

(2)  責任原因

上記(1)の認定事実によれば、超音波との架空取引は、被申立人A及び同Bの代表取締役としての義務に反するものであり、被申立人A及び同Bは申立人に対し、これによって申立人に生じた損害を賠償する義務がある。

(3)  責任原因に関する被申立人らの主張に対する判断

被申立人A及び同Bは、申立人と超音波との取引に具体的に関与しておらず、取引の詳細を承知していない旨主張するが、仮に、被申立人A及び同Bが、申立人と超音波との取引の詳細を知らなかったとしても、被申立人Aは、長期にわたって申立人の代表取締役社長として業務全般を統括する立場にあり、他の取締役を監督すべき義務を負っていたものであり、被申立人Bは、申立人の代表取締役副社長として総合事業部を管掌する立場にあり、業務執行の担当取締役として善管注意義務を負っていたものであるから、損害賠償責任を免れることはできない。

被申立人Bは、超音波が申立人の巨大な事業に組み込まれて、いわば親子会社のような関係にあったもので、取引の結果として申立人に損害が生じたとしても申立人の責任であり、取締役・社員を監視する義務も有していなかった旨主張するが、被申立人Bは、申立人の代表取締役副社長として総合事業部を管掌する地位にあり、当該部門に直接の関係を有していたのであるから、代表取締役としての注意義務に基づく責任を免れることはできない。

(4)  損害額

被申立人A及び同Bの上記(2)の代表取締役としての義務に違反する行為によって申立人が被った損害額は、上記(1)認定の事実に照らせば、超音波による今後の手形決済の可能性を最大限に見込んだとしても、26億円を下らないものと認められる。

(5)  損害についての被申立人A及び同Bの主張に対する判断

被申立人A及び同Bは、平成6年2月期において超音波との取引は正規な資金貸付契約として認証されており、超音波は活動中の会社であるから未だ損害は発生していないし、この貸付債権は千葉そごうに移管されており、申立人の損害にはならない旨主張するので、この点について検討する。

確かに、申立人は、平成6年2月期において超音波に対する手形債権を長期貸付金とする振替措置を行っているが、この措置は、超音波との間の実体の伴わない取引による申立人の危険負担の増大を回避するためのものであり、これによって申立人の損害が直ちに解消したものとは認められない。また、超音波は、昭和62年以降債務超過の状態にあり、めぼしい固定資産も有しておらず、平成6年8月期における税引前利益が3,267万2,000円であるから、申立人総合事業部からの資金援助が打ち切られた以上、巨額な貸付金の返済を行える見通しはないものといえる。

また、申立人は、超音波に対する貸付金を千葉そごうに移管しているが、この措置は、上場会社である申立人が多額の債権を有する形を回避するため、申立人から千葉そごうを介した迂回融資の形に修正するためのものであり、これによって申立人が千葉そごうから貸付金の返済を求め得るものではないから、この点に関する被申立人A及び同Bの主張は理由がない。

なお、被申立人Bは、超音波の申立人に対する債権と申立人が同被申立人に対して有する上記損害賠償請求権とを対当額で相殺する旨主張するが、自働債権たる超音波の債権の存在が認められないので、この主張も理由がない。

(6)  結論

以上によれば、申立人が被申立人A及び同B各自に対して有する超音波との架空取引に基づく損害賠償請求権の額は、26億円及びこれに対する本件査定申立書の送達後である平成12年11月2日から完済まで年5分の割合による金員であると認められる。

2  トルコ共和国内法人への貸付に基づく損害賠償請求権の額について

(1)  認定事実

申立人提出の書証及び審尋の結果によれば、別紙2の申立理由記載の事実を認めることができる。

(2)  責任原因

上記認定事実によれば、トルコ共和国法人への貸付は、当初の1,500万米ドルの融資(本件1の貸付)の時点においてはともかく、遅くとも1,500万米ドルの追加融資(本件2の貸付)を実行する時点においては、回収の可能性を考えた慎重な配慮に欠けるところがあり、加えて、その時点以降平成5年11月5日までに、早期の回収や保全措置を講ずべき旨の顧問弁護士から度重なる指摘を受けていたにもかかわらず、アタキンダイ社に対する返済期限を延長し、追加貸付けによる危険を回避するための根抵当権の極度額の増額等もしないまま担保不動産を第三者に譲渡される等の事態を招き、本件1及び2の貸付について、回収不能の結果を招いたものであり、これらの事実を総合的に考察すると、遅くとも平成5年11月5日までには、本件1及び2の貸付についての被申立人A、同C及び同Dの作為、不作為は、代表取締役又は業務担当取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反したものであると評価される状態に達したものということができる。

(3)  責任原因に関する被申立人らの主張に対する判断

被申立人Aは、本件貸付は、直後の担当者である被申立人C及びUらの権限に基づいて行われたもので、被申立人Aは関与していないし、回収を指示すべき義務はない旨主張する。

しかし、被申立人Aは、申立人代表取締役として現地を視察し、トルコ大統領やアタキンダイ社のV会長と会談し、被申立人Aらの現地視察直後に同社に対する貸付けがされているなど、本件計画の当初より関与していることが伺われるほか、申立人提出の証拠によれば、V会長は追加融資について警戒する現地担当者を嫌い、被申立人A宛に直接契約の早期実行を求める親書を出していること、その後1,500万米ドルの追加融資を行うという決定が出されていること、平成2年12月22日には被申立人AらとV会長が今後の方針について協議していることなどの事実が認められ、これらの事実によれば、被申立人Aは、本件計画の遂行状況を知り、若しくは知り得べき立場にあったものと認められる。

仮に被申立人Aが本件計画の遂行状況の詳細までは知らなかったとしても、そのことによって、代表取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反したとの評価に消長を来すものではない。

被申立人Cは、本件計画については、代表取締役社長であるAが業務執行権限を有し、最終的な意思決定権を有していたものであるから、被申立人Cらは、取締役としての肩書を有していたとしても社長を補佐するにとどまり、取締役としての責任を負わない旨主張する。

しかし、被申立人Cは、申立人の海外事業を統括する取締役であり、平成2年4月頃には現地を視察するなど、当初より本件計画に関与していることが伺われるほか、申立人提出の証拠によれば、現地の担当者であるWは、被申立人Cの直属の部下であり、Wは、本件計画について重要な判断を要する事項については被申立人Cに直接報告書を送付していたこと、被申立人Cは、当初の1,500万米ドルの融資の資金を関連会社であるホンコンソゴウに送金するよう直接指示し、本件1の貸付に係る金銭消費貸借契約書に申立人副社長として署名していること、その後、追加融資についての危険性を強く警告する報告書がWから被申立人C及び同D宛に頻繁に提出されていること、平成2年12月22日の被申立人AとV会長との協議にも同席していることなどの事実が認められ、以上の事実によれば、被申立人Cは、海外事業担当取締役として、本件計画の業務執行を直接担当していたものであり、たとえ被申立人Aが最終的な意思決定をしていたとしても、代表取締役副社長であり、かつ業務担当取締役として、業務活動内容全般について詳細に知りうる立場にあったのであるから、これを未然に防止し、債権の早期回収に着手すべき義務があったことを否定することはできない。

被申立人Dは、本件計画について権限を有していなかったのであるから、取締役としての忠実義務に違反していない旨主張する。

しかし、被申立人Dは、申立人海外事業担当取締役であり、平成2年6月ころ、本件計画に関する打合わせにも参加し、被申立人Aとともに現地視察に同行していること、現地担当者であるWは、本件計画の遂行状況について直接の上司である被申立人Dに連絡し、同人から指示を受けていたこと、Wは、本件計画に関する重要な判断を要する事項については、被申立人C及び同Dの双方に直接書面を送っていたこと、平成2年12月5日及び7日にはWから被申立人C及び同Dに対して、本件1及び2の貸付けのリスクを指摘する報告書が提出されていること、同月8日、アタキンダイ社の乙山社長が被申立人D宛に追加融資を依頼する文書を直接送付していること、同月22日V会長とA社長との会談にも同席していること、平成3年1月28日付けの本件計画を当面中断する旨の書面は被申立人D名義でアタキンダイ社宛に送付されていることなどの事実が認められ、以上の事実によれば、被申立人Dは、海外事業室の担当取締役として、本件計画の遂行状況について経過報告を得ていたものであり、被申立人D自身は、単なる取締役であり、最終的な意思決定権や業務執行権限を有していなかったとしても、業務担当取締役として当該業務活動内容について知り又は知り得べき立場にあったのであるから、取締役としての責任を免れることはできない。

(4)  損害額

被申立人A、同C及び同Dの上記(2)の代表取締役又は業務担当取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反した作為、不作為によって申立人が被った損害額は、上記(1)の認定事実に照らせば、本件1及び2の貸付の総額である3,000万米ドルの2分の1である1,500万米ドルを下らないものと認められる。そして、責任原因が成立したと認定した平成5年11月5日の米ドルの円相場は1ドルが108.38円であるから、被申立人A、同C及び同Dは、各自16億2,570万円及びこれに対する本査定申立書の送達後である平成12年11月2日以後の遅延損害金の賠償義務を負うものというべきである。

(5)  損害についての被申立人A、同C及び同Dのの主張に対する判断

被申立人A、同C及び同Dは、本件計画の不履行の原因は、湾岸戦争勃発による不可抗力によるものであり、被申立人らの行為と損害との間に相当因果関係はない旨主張する。

しかし、本件計画は、当初から共同事業者の能力、実行可能性、リスク等についての十分な時間をかけた調査はされていなかったこと、アタキンダイ社は、本件1の貸付の実行後、残余の用地の取得見通しについて情報を提供しないなど契約条件を履行せず、遵法精神にも欠ける面が指摘されていたこと、本件計画の実効性が危ぶまれることが顧問弁護士らから再三指摘されていたこと、本件2の貸付の実行後、アタキンダイ社は用地買収の経験が全くないことが判明し、残余の用地も買収見込みが全く立っていなかったこと、平成2年12月22日には被申立人らとV会長が会談を行ったが、何らの解決策も見いだせなかったこと、平成3年1月28日付けで被申立人D名義で湾岸戦争の勃発を理由に当プロジェクトについて当面しばらく様子を見る旨の書面を提出していることなどの事実経過によれば、湾岸戦争の勃発という事象が発生したとはいえ、本件計画の実効可能性については当初より相当危ぶまれる状態が続いていたもので、その計画自体に問題があった可能性が高く、湾岸戦争の勃発ということ自体が本件計画遂行の不履行を招いた主たる原因とは認めることはできない。

被申立人らは、本件貸付債権はSIDC(E)に譲渡したものであるから、申立人の損害とはならない旨主張するので、この点について検討する。

確かに、本件貸付金債権は、SIDC(E)に譲渡されているが、この債権譲渡と同日に申立人から株式会社そごうインターナショナルでデベロップメントを通じてSIDC(E)へ貸付けが行われており、本件貸付は、申立人の計算による迂回融資であるものと認められ、その回収不能額が全額申立人の損害になるというべきであり、被申立人らの主張は採用できない。

被申立人らは、本件貸付のうち、連帯保証人である株式会社キンダイサービス、乙山一郎及び丙本和夫に対する連帯保証の履行請求、Aブロック用地の根抵当権実行による債権回収があるので、全額が損害とならない旨主張するので、この点について検討する。

申立人提出の証拠によれば、連帯保証人である株式会社キンダイサービス、乙山一郎及び丙本和夫は、本件2の貸付の契約書面に署名しておらず、連帯保証契約の成立を争われる可能性が強いこと、本件1の貸付のうち、平成2年6月5日付契約書第7条には、同人らの連帯保証する期間を抵当権が設定されるまでという限定がなされ、同月12日付契約書第7条には、根抵当権の実行によって返済総額を満たすに足りない金額についてのみという限定がなされていることなどが認められ、これら連帯保証人に対して直ちに責任を追及できる可能性は低いと認められる。

また、Aブロック用地には根抵当権が設定されているものの、この抵当権を実行するためには、SIDC(E)への債権譲渡を正式なものとしなければならず、その印紙代として約19万5,300米ドルの費用がかかる一方、Aブロック用地は、その後のトルコリラの暴落により平成10年8月時点で18万0,800米ドルの価値しか有しておらず、担保権の実行による回収は困難な状況にある。

したがって、これらの点に関する被申立人らの主張も採用することができない。

3  違法配当に基づく損害賠償請求権について

(1)  認定事実

申立人提出の書証及び審尋の結果によれば、別紙3の申立理由記載の事実を認めることができる。

被申立人らは、千葉そごうグループに対する貸倒引当金や保証損失引当金を計上する必要はなく、また、千葉そごうグループによる再保証がされており、平成6年2月期において申立人には債務超過の事実はない旨主張する。

しかし、投融資先の資産状態が著しく悪化し、債権に回収不能のおそれがある場合には、回収不能と認められる部分に対し、投融資先において貸倒金を計上すべきであるという会計慣行に照らせば、千葉そごうグループの時価ベースの純資産額は、不動産含み益を考慮しても平成6年2月期で1,509億円の債務超過に陥っていたのであるから、その全額を千葉そごうグループに対する貸倒引当金等として計上するのが不相当であったということはできない。また、千葉そごうグループ全体で債務超過となるため、千葉そごうグループの再保証があったからといって、損害が生じなくなるものではない。

また、被申立人らは、平成6年2月期における不動産評価が不当に低額に評価されており、不動産評価の含み益を考慮すれば、申立人に債務超過の事実はない旨主張するが、平成6年2月期における不動産評価が不当に低額に評価されているとの事実を認めるに足りる証拠はない。

なお、含み益のある不動産を売却する場合には、通常法人税等の税金が課されるが、上記報告書の調査においては、その金額を考慮しないで不動産含み益を計算したもので、これを考慮するとさらに千葉そごうグループの純資産額は悪化することになる。また、千葉そごうグループが貸付・保証を行っている会社で多額の債務超過を計上し、事業継続性が危ぶまれている会社も散見されるので、これ以上の引当計上金額が算出される可能性も高い。

したがって、この点に関する被申立人らの主張も理由がない。

(2)  責任原因

ア 102期の中間配当について

(被申立人A、同B及び同Eの責任)

上記(1)の認定事実によれば、被申立人A、同B及び同Eは、実施してはならない102期の中間配当の実施の取締役会の決議に賛成したものであるから、商法293条の5第5項及び第7項により、申立人に対し、違法配当の金額である5億9,878万2,484円の損害賠償義務を負うものと認められる。そして、申立人提出の証拠によって認められる被申立人A、同B及び同Eの申立人及び株式会社千葉そごうに係る役員歴、担当職務の内容等からすれば、これらの者は、期末に配当可能利益が存在しない財務内容となることを認識し得べき立場にあったものであり、上記の違法な中間配当について、取締役としての注意義務を尽くしていたものと認めることはできない。

(その余の被申立人の責任)

被申立人A、同B及び同E以外の被申立人については、102期の中間配当をする際に、期末に配当可能利益が存在しないこととなる財務内容であることを認識していたことを認めるに足りる証拠がないのみならず、申立人の複雑な関連会社との取引内容、監査法人から期末の配当可能利益の問題を指摘する意見がなかったこと、これらの被申立人は千葉そごうグループの財務状態を監視する直接の職務を担当していなかったことなどからすれば、これらの取締役については、102期の中間配当に関しては、取締役としての通常の注意義務は尽くしていたものといって差し支えないのであり、これらの者については、違法配当による損害賠償義務を負うものと認めることはできない。

イ 102期の配当について

(被申立人らの責任)

上記(1)の認定事実によれば、申立人は102期の決算期には債務超過であったものであり、にもかかわらず、被申立人A、同B、同C、同E、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同M、同N、同O、同P及び同Qの各取締役は、利益配当の議案を定時総会に提出する旨の取締役会の決議に賛成したものであるから、同被申立人らは、違法に配当された金員について、申立人に対し、損害賠償義務を負うものというべきである。賠償すべき違法配当の金額は、5億9,878万2,484円である。

(被申立人らの主張に対する判断)

被申立人らは、各取締役会には会計監査法人の監査報告書がそれぞれ提出されており、各取締役は、そのような会計監査法人の監査報告書を信頼して利益配当の議案を定時総会に提出することを決議したのであるから、監査を信頼した当該取締役らに過失はなく、違法配当につき責任を負わない旨主張する。

しかし、商法266条1項1号及び2項に基づく取締役の損害賠償責任は、利益配当の制限の規定に違反する利益配当をすることが取締役会において決議され、これに基づいて利益配当が行われた場合に、取締役会においてこれに賛成した取締役は、会社に対して違法に配当された額の金銭を賠償する責任を負う旨を規定したもので、この規定に基づく取締役の責任は無過失責任であり、違法配当について故意や過失がない取締役であっても、会社に対して違法配当に基づく損害賠償の責任を負う。

商法上の前記規定が無過失責任を定めているのは、この規定が当該取締役の置かれた具体的事情を前提として損害賠償責任の有無を決定するのではなく、勤勉かつ有能な理想の取締役を前提として取締役の行為規範を規律する趣旨であるといえる。これを裏返すと、仮に法が理想とするような勤勉かつ有能な取締役であったとしても、決議に反対することが期待できないような場合にまで、決議に賛成した取締役の損害賠償責任を認めるものではない。そのような事情がある場合には、取締役が決議に反対しなかったことについての違法性は阻却され、取締役の損害賠償責任は否定されるべきものである。

この観点から本件をみると、前記被申立人らは、いずれも違法配当の決議の前の取締役としての在任期間が、最も短い被申立人Qでも約3年間、その他の者は、約5年間あるいはそれ以上の長期間にわたっていたものであり、加えて、取締役の職務との関係で申立人の財務状況に関心を払うことを要しない職務内容であったとも認められない。このような取締役については、会計監査法人の監査報告書に違法配当ないし債務超過の指摘がないということから、直ちに、決議に賛成した行為の違法性が阻却されるものとはいえない。現実には、申立人のように財務状況が密接に関連し合う複雑な関連会社関係があり、会計監査法人の監査報告書に違法配当ないし債務超過の指摘がないような場合には、個々の取締役の経営への関与の度合いによっては、取締役の中には、過失責任まであるとはいえない者も生じ得るが、それによって直ちに商法266条1項1号及び2項の責任を免れるものではない。

したがって、同被申立人らは、102期の配当に関し、商法266条1項1号及び2項に基づき損害賠償義務を負う。

ウ 103期の中間配当について

(被申立人R及び同S以外の被申立人の責任)

申立人は103期の中間配当期には債務超過であるにもかかわらず、被申立人A、同B、同C、同E、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同O、同P及び同Qは、配当に関する取締役会の決議に賛成したものであるから、同被申立人らは、商法266条1項1号及び2項に基づき、違法に配当された金員について、申立人に対し、損害賠償義務を負う。賠償すべき違法配当の金額は、5億9,849万6,664円である。

同被申立人らは、各取締役会には会計監査法人の監査報告書がそれぞれ提出されており、各取締役は、そのような会計監査法人の監査報告書を信頼して中間配当をする決議に賛成したのであるから過失がない旨主張するが、この主張に理由がないことは、前記イにおいて説示したとおりである。

(被申立人R及びSの責任)

上記被申立人とは異なり、被申立人R及び同Sは、平成6年10月17日に実施された取締役会の4か月あまり前に選任された取締役であり、一方、申立人は20を上回る多数の子会社や関連会社を有し、その中には、多額の売上と巨額の資産、負債を有す巨大な規模の会社が多数あり、会社相互間の間の財務上の処理も複雑で、商法が期待するような勤勉かつ有能な取締役であったとしても、数か月で申立人の財務状況を把握することを期待することはできなかったものといえる。

また、取締役に就任する前に従事していた業務内容も、被申立人Rにあっては、日本興業銀行に勤務していたものであり、かつ、申立人の業務とは無関係の業務に就いていたものである。被申立人Sは、取締役に就任する以前には、平成5年10月から申立人の神戸店店長をしていたものであるが、その間に申立人の財務の内容について調査、確認をした事実は認められず、取締役でない店長にそのような調査、確認をすべき義務もないものというべきである。

このように、取締役が当該取締役会の直前に選任され、取締役会前に会社の財務状況に関する知識を得る機会がなく、取締役としての職務内容からみても、取締役会の時点で会社の財務状況を知ることが期待されておらず、かつ、取締役に就任する前に従事していた業務の内容からみても、取締役会の時点で会社の財務状況を知ることが困難であるような場合には、当該取締役が違法配当の決議に反対することを期待し得ないものといえるのであり、このよう場合には、当該決議に賛成した取締役の行為は、違法性に欠けるものというべきであり、取締役は損害賠償責任を免れるものというべきである。

したがって、被申立人R及び同Sには、商法266条1項1号及び2項による責任はなく、申立人の被申立人R及び同Sに対する申立てはいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 深沢茂之 植村京子)

<以下省略>

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